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2013.01.30 ノモンハン
最近、凄いハマってます。ノモンハン。




豆戦車のハ号でハアハアできます。
大戦略では無視され生産されないような歩兵直協戦車が
敵砲兵陣地に突撃するのは萌えます。

そんなこんなで
リンクに製作者のpanzermansroomさんを追加させて頂きました。




ノモンハンと言えば、先日呼んだ「日本陸軍航空史話」でノモンハン航空戦に参加した方々の生生しい座談会が収録されています。ちょっと気になったところの概略は以下の通り。




24F戦隊長 檮原秀見(38)

24Fは第二次ノ事件の頃には損害が続出し下士官僚機要員が不足し空中戦の訓練を受けていない明野や熊谷の助教を座学2日 実技2日で戦場へ出した。全戦闘機部隊100機を統一指揮することになったが無線は使い物にならず、各部隊はバラバラに突進するだけ。同じ事はタムスク空襲でもあり爆撃隊から敵機の位置を連絡できれば戦果は拡大したと思う。敵機に対しては奇襲を受けなければ撃墜されない。
また部下に対し単機の撃墜戦果は記録しない。部隊の戦果だと教育し、30日間の戦闘で1機の損害のみだったことからソ機に対しては空中戦では絶対負けないと思っている。ただ97戦に13ミリを付けて欲しかった。

24F(97戦)代永兵衛(48)

戦隊長とは違った感触を持っている。24Fは新編なので若手が多く第1中隊は損耗120%でノ事件が終わったときには最初からいたパイロットは誰も残っていない。ただし第2中隊では6名残っている。
7月初旬まではソ側にも決戦意識が強く撃墜チャンスがあった。しかし中旬以降は一撃離脱となり苦戦した。
自分がいた第2中隊は編隊空戦を使ったから生き残った。しかし最後になると錬度の低下でこれができない。
9月1日に新設された第三中隊を創設して戦闘した時には、全然なっていない。これで戦闘なんか出来るもんかとつくづく感じた。

64F(97戦)丸田文雄(44)
第一に感じたのは停戦前ころになると97戦は限界だ。ただ全般的には檮原さんと同意見。
次に東京からも関東軍からも、また飛行集団からも参謀が来て天幕を訪ねてくるのだがその時に耳に入る、中央統帥部と関東軍の意見の相違を聞くと、我々は何の為に戦ってるのか分らず、士気が低下した。

10F(97軽)西進(50)
私達はタムスク、サンベースの飛行場襲撃などにも参加したが主目的は、敵の砲兵陣地、戦車、トラックなどで、目標が小さいため軽快な急降下爆撃が有効だった。
毎日五回の出撃が続き赤いションベンが出た。
当初、軽爆は自分たちだけだったが、もっと多数を投入すべきだった。
ノモンハンで我が戦闘機隊は優秀で常に数で優勢の敵に対し損害を与えてくれたため軽爆隊は戦闘機と交戦することはなく爆撃に集中できた。
しかし最後には敵の物量にうんざりしていた。

12FB団員 猿渡篤孝(35)

第一に感じたのは戦闘機群による大規模空中戦闘が発生した為、空中指揮の必要性が痛感した。
時には飛行団長が上がって、指揮する必要性もあったが索敵、通信など広範な問題が発生するため空中指揮の若年化、通信の発達が必要だと考えられた。
また集団長儀峨中将が楠木延一(27)中佐を連れて戦況視察したが他の参謀はしなかった。
7月3日には島津忠正参謀が生駒正幸大尉と共に戦死したり第一線将兵は一日数回の出動で疲労の極みに達する状況だったのだから上級司令部の参謀は前線に進出し、士気を鼓舞する必要があった。
ただし航空病は士気を鼓舞しても治らないため、参謀は早く実情を把握して対策に努めるべきだ。
逆に中央から派遣された参謀は短時間ではあったが、第一線を訪れ前線を視察した。

関東軍部隊主任参謀 三好達治(34)(誌上参加)
この航空戦の特長は戦場付近の制空を目的とする空中戦闘が主軸であった点であろう。
そして、今でも思い出すのは、戦闘操縦者の損耗が莫大であったことと、ソ連の戦法の変革の二点だ。
第一点は戦闘が熾烈になり一日三回以上出動するような場合には一日の戦闘機操縦者の損耗は5%を超え一ヶ月には戦隊の過半数を補充しなければならないと結論が出され、関係者は愕然となり明野学校の拡充が図られる端緒となった。
第二点はソ軍は初期のころは単機空戦で勝敗を競ったが、中期以降編隊攻撃戦法をとることになった。
これにより我が方の戦果が漸減したのは記録に明白である。


立山武雄(31)
私は航空本部でパイロットの人事をやっていましたが末期に残った戦闘機パイロットは80数名になり航空人事の立場から、この戦闘は辞めてくれと意見具申した程です。



この後、座談は「地上優勢」の定義や戦隊長を若年化させようとする現場と人事部の摩擦スツーカ問題、山下視察団の空軍独立論などがでます。

全体の印象として初期は優勢だが後半は苦戦したように感じます。
しかしソ空軍も、この後、大量の空軍将官が罷免された事、その後独ソ戦までの生彩の無さからかなり深刻な損害を負っただろうと本稿では結ばれています。

ノモンハンの項は20pちょっとですが、かなーり濃い内容なんでお勧めの一冊です。
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