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2017.08.16 上原 良治命
uehara sanu



陸軍少尉 上原良司  長野県北安曇郡出身 22歳 慶応義塾大学卒

第56振武隊(朝倉豊少尉、上原良司少尉 京谷英治少尉)
三式戦装備

5/11 陸軍第七次航空総攻撃 知覧出撃、戦死。

彼は最後の帰郷の際に、郷里の友人に胸の内を吐露した。

「死地に赴くのに喜んで志願する人は誰もいない。上官が手を挙げざるを得ない状況をつくっているのだ。進んで国家の為に死んでいくなんて人は誰でもない。仕方ないと心で泣き泣き手を挙げているのが本当の気持さ。どんなに納得できなくても、応じざるえなかった」

また当初「靖国ノ神ニ近ヅク」と日記に綴っていた彼は、帰郷の際、妹君、登志江さんに「靖国神社にはいかない」と語った。


そして、もう一人の妹君である清子さんが第56振武隊員の会話を書き留めている。

「これが紐育市爆撃なんて言うなら喜んで行くがな。死んでも本望だ。」

「実際だ。心残りは亜米利加を一遍も見ずに死ぬことさ。いっそ沖縄なんか行かず東の方へ飛んで行くかな。」

「亜米利加へ行かぬ前ニおだぶつさ。」

「向こうの奴ら何と思うのかな。」

「ほら、今日も馬鹿共が来た。
 こんな所までわざわざ自殺しに来るとは間抜ぬけ奴だと笑ふだらうよ。」




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赤城艦上

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VT-3隊長 Lance Massey少佐。
同隊は当初、空母サラトガ(USS Saratoga)所属であったが珊瑚海海戦で搭載機を損耗した空母ヨークタウン(USS Yorktown)の飛行隊に着任。ミッドウェイ海戦に参加。
空母「飛竜」を襲撃するも直掩の零戦隊に襲われ全機損失。24名中、隊長以下21名戦死という大損害を蒙った。しかし直掩の零戦を低空に誘き寄せた事がこの後の勝利に大きく貢献する事になる。

99式


真珠湾で撃墜された九九式艦爆(加賀所属?)
本機に装備された25番では駆逐艦以上の撃沈はできないという日本海軍の認識を、印度洋作戦における英重巡洋艦コーンウォール(HMS Cornwall, 56)撃沈により覆した。
米PB4Yの爆撃を受け、煙を吐きながら墜ちてゆく日本の急降下爆撃機。米側パイロットWilliam Janeshek少佐の話によると、機上射手は脱出しようとしていたのだけど突然座して不動のまま海面に墜落・爆発したそうです(1944年7月2日、カロリン諸島)。


PB4Yの攻撃を受け、煙を吐きながら墜ちてゆく日本の九七式艦攻。米側パイロットWilliam Janeshek少佐の話によると、機上射手は脱出を試みていたが突然座して不動のまま海面に墜落、爆発したそうです(1944年7月2日、カロリン諸島)
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